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SERENDIPITY NOTES / 読み物

憧れの屋久島へ。渡れなかった一度目と、忘れられない二度目の旅。

渡れなかった一度目。ようやく島へ渡れた二度目。屋久島で出会った景色と、忘れられない出来事を綴ります。

2026年10月19日

一度目は、屋久島へ渡れなかった

教員を退職した年、私は占い師として活動していこうと決めました。そのときに購入したキャンピングカーは、鑑定をするための小さなサロンになるはずでした。けれど実際には、一度も車の中で鑑定をすることはなく、今ではすっかり旅の道具になっています。

行きたい場所へ、行きたいときに出かける。もう少しここにいたいと思えば、滞在を延ばす。退職後にそんな旅ができるようになったことが、私はうれしかったのです。

その中でも、ずっと憧れていた場所が屋久島でした。苔むした森、屋久杉、そして縄文杉。写真で見る景色と、気学で聞いていた屋久島の話が重なり、いつか行ってみたいという気持ちが育っていきました。

屋久島への憧れを描いた旅の記録ビジュアル
屋久島への憧れ。森と海を思いながら、旅の計画を立てました。

最初の計画では、出発日に台風が重なりました。鹿児島港までは着いたものの、フェリーは欠航。屋久島へ渡ることはできませんでした。

帰り道では、師からいただいた厄よけのブレスレットが、突然はじけて切れました。それが偶然だったのか、何かの知らせだったのかは分かりません。ただ私の中では、無理をして進もうとしていた自分を、いったん止めてもらったような出来事として残っています。

二度目の計画で、ようやく島へ

それでも、屋久島への憧れは消えませんでした。二度目の計画でも夜の便が欠航しましたが、翌朝の便にキャンセル待ちで乗れる可能性が残っていました。

その夜はコテージへ向かい、温泉に入り、用意していた肉を焼きました。まだ屋久島へ渡れてはいないのに、それはそれで楽しい一晩でした。

屋久島へ向かう前夜の食卓
渡れるか分からない夜も、温泉と食事が旅の一部になりました。

翌朝、港で待っていると、朝一番のフェリーに乗ることができました。キャンピングカーごとフェリーに乗り、鹿児島から宮之浦へ。こうして、屋久島を一週間以上かけて巡る旅が始まりました。

旅の道具になったキャンピングカー
サロンカーになるはずだった車が、憧れの島へ連れていってくれました。

海辺のキャンプと、天使のはしご

屋久島では海辺のキャンプ場にも泊まりました。海を眺めながら食事をし、夜には月とヤシの木を眺め、朝は少し早起きをして日の出を待ちました。

海辺のあずま屋
ここに車を停めて、今夜はここで過ごせる。そう思うとうれしくなりました。
旅先の夜に囲んだお酒
旅先で過ごす夜には、その土地で出会ったものを味わう楽しみもありました。

その朝、雲の間から海へ、すうっと光の筋が伸びました。私の好きな「天使のはしご」です。憧れていた屋久島の浜辺で朝日を眺める。早起きしてよかったと思いました。

海辺に差し込む朝の光
雲の間から光が降りてきた、忘れられない朝。

初めての登山、縄文杉へ

この旅では、初めての登山にも挑戦しました。会いたかった縄文杉へ向かうコースは、片道約11キロ。長いトロッコ道を歩いた先に、さらに登山道が続きます。

登山経験のない私が歩けたのは、一緒に行った人たちがペースを見てくれたからでした。行きたい気持ちはあっても、自分ひとりでは分からないことがあります。そばで見てくれる人がいることのありがたさを、この旅で実感しました。

帰ってきた翌日に起きたこと

憧れだった屋久島の旅を終え、鹿児島へ戻りました。ところが、帰ってきた翌日、私の車のタイヤが走行中に傷つき、破裂しました。一緒に行った人の車にも、別の故障が起きました。

そのとき、私は、気学で学んでいた「水火殺」という考え方を思い出しました。切れる、破裂するという出来事が重なり、強く印象に残ったのです。

もちろん、車の故障を気学で証明できるという話ではありません。ただ、私自身の経験として、学んでいたことと実際に起きたことが重なり、忘れられない旅になりました。

桜島を前に、旅を終えて
初めての登山も、島を巡った時間も、すべて心に残る旅になりました。

今度は、吉方位で

屋久島の海も、森も、キャンプの夜も、初めての登山も。帰ってきたばかりなのに、また行きたいと思っていました。

だから次に行くときは、今度こそ吉方位で行きたい。みんなの都合に自分を合わせるのではなく、自分が行きたい方位と時期を見ながら、行けるときに向かいたい。

そして私は、もう一度、屋久島へ向かうことになります。今度は、一人で。

そのお話は、また別の機会に。

松尾純子.|Serendipity